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Tropical Leaves

HCCディボーションブログ

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『サタンにそそのかされたダビデ』


 ダビデはサタンの誘惑に陥ってイスラエルの人口調査をしたのである。モーセも人口調査をしたことが民数記で述べられていますが、それは神が命じられたことでありました。ちなみに、人口調査をするということは神の主権の侵害に繋がることだと言われています。


 ダビデはヨアブと民の長たちにイスラエルの人口調査をするようにと言った。しかしここでヨアブは、3節(抜粋)で「が、御民を百倍にも増やしてくださいます。なぜわが主は、このようなことをお求めになるのですか。なぜイスラエルに罪過をもたらされるのですか。」と、言ったのですがダビデは聞きいれませんでした。ヨアブは人口調査をすることは神に対して罪をおかすことだということを強調して言いたかったのです。


 ヨアブは民の登録人数をダビデに報告しました。しかし、7節で「この命令は神の目に悪しきことであった。神はイスラエルを打たれた。」と述べられています。ダビデは、この事が罪とわかり主に悔い改めの祈りをささげたのである。神は先見者ガドを通してダビデに3つのことから選ぶようにとの指示が告げられます。一つ目は3年間の飢饉、2つ目は3ヶ月間敵の剣に攻められること、3つ目は主の剣として3日間の疫病でした。ダビデは神のご慈悲は大きいと神の剣にかかることを選びます。そこで神は疫病をイスラエルにもたらせるために御使いを遣わされたのです。この災いによって7万人が倒れました。ダビデは、自分の罪のために7万人という多くの犠牲者をだしてしまったために、神に祈ります。「罪があるのはこの私です。私が悪を行ったのです。わが神、よ。どうか、あなたの御手が、私と私の父の家に下りますように。あなたの民を疫病に渡さないでください。」12節(抜粋)


 主は、先見者ガドを通して神の裁きが止む方法をダビデに教えてくださいました。ダビデは教えられたとおりに、オルナンの打ち場に祭壇をつくり、全焼のいけにえを捧げました。そして、疫病による災害は止みました。ダビデの罪の刈り取りが最小限に済んだことは、すべて神の憐みによるものだったのです。



 愛する天の父なる神さま。あなたはどんな罪でも見逃さないお方です。身分の高い、低いに関係なく罪をおかしたらそれの刈り取りをしなければなりません。私たちは、イエス・キリストの十字架の死によって罪の赦しの恵みが与えられています。このような、素晴らしい罪の赦しの恵みを未だ知らない人々に伝えていくことができますように、どうぞ私たちを用いてください。感謝して主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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 20章には、ダビデがエルサレムにとどまっていると記されている一方で、罪については触れられていません。代わりに、アンモン人やペリシテ人との戦いでの勝利が書かれています。これらの勝利は、それぞれに戦った者が神さまに信頼し、自らに与えられた役割を果たしたことによってもたらされたものだと思います。


 私が特に感じたのは、戦った者の名前が一人一人記されていることです。彼らはそれぞれの立場で、神さまから与えられた役割に応え、勝利を収めたのだと思います。このことを通して、私たちもまた、神さまの体の一部として与えられた役割を全うすることが、神さまの栄光を表すことになるのだと教えられました。


 以前、関先生から「教会をイエス・キリストの体として表すならば、どこの部分を担っていますか?」と問われたことがありました。その時、私は「足のすねあたり」を思い浮かべました。ささやかな役割かもしれませんが、今もキリストの体の一部分として支えられていることに感謝しています。微力でもその役割に喜びを感じ、大切にしていきたいと思います。


 アンモン人やペリシテ人との戦いでも、すべての者が神さまへの信頼を持って力を合わせたからこそ、勝利を収めることができたのではないでしょうか。私たちも、キリストの体の一部として互いに支え合い、信仰の歩みを共にすることが大切だと教えられます。



愛する天のお父さま、  

 イエス・キリストの体の一部分として、私たちが与えられた役割を喜びと感謝をもって担うことができるよう助けてください。歴代誌での戦いにおいて、戦った者たちが役割を果たし、あなたの力によって勝利を得たように、私たちも信仰の歩みの中で互いに支え合い、あなたに従い続けることができますように。  

イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


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『強くあれ』


 アンモン人の先王ナハシュが亡くなり、その子ハヌンにお悔やみを送ろうとしたダビデでしたが、誤解されて、全面戦争になってしまいました。ハヌンに仕えるアンモン人の首長たちが、ハヌンをそそのかしてしまいます。「ダビデがあなたのもとにお悔やみの使者を遣わしたからと言って、彼が父君を敬っているとお考えですか。 彼の家来たちは、この地を調べ、くつがえし、探るために来たのではないでしょうか。」(3節)。


 ダビデの将軍ヨアブが兄弟アビシャイに言ったことに目が留まりました。「もしアラム人が私より強かったら、あなたが私を救ってくれ。もしアンモン人があなたより強かったら、私があなたを救おう。 強くあれ。われわれの民のため、われわれの神の町々のために、奮い立とう。主が、御目にかなうことをされるのだ。」(12⁻13節)


 主は、ヌンの子ヨシュアに「強くあれ。雄々しくあれ。(ヨシュア記1:6)と語られ、そして、イザヤ書の41章10節では、「恐れるな、わたしはあなたとともにいる。たじろくな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。」と言われました。何と力強い主の御言葉でしょうか! 自分がとてもひ弱に感じ、生きる指針を失いそうになる時に、聖書に戻り読み返す聖句、とても勇気づけられる神の御言葉です。将軍ヨアブも、自分にも言い聞かすようにアビシャイに言ったことと思います。


 一人ではなく、二人で互いに協力しあい支えあうことで、勝利の道に一歩近づくことが出来ます。お祈りにも同様なことが言えるのではないでしょうか?「まことに、もう一度あなたがたに言います。あなたがたのうちの二人が、どんなことでも地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父はそれをかなえてくださいます。」(マタイの福音書18:19)ハワイにいる私たちは戦場で戦ってはいませんが、毎日の日常の中で、色々な戦いに対面することがしばしばあります。


主への祈り:今日の御言葉を感謝します。聖霊様、私たちが、病んでいる時、弱さを覚えている時、あなたの助けを大声で呼び求めるときに、あなたがそこにいて、私たちを導いて下さり、祝福を与えて下さることを感謝します。アーメン


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