「神がきよめた物を、あなたがきよくないと言ってはならない。」(15)
この10章の異邦人コルネリウスの回心の出来事は、教会の歴史において大きな転機となりました。それまでは救いはユダヤ人だけのものだと考えられていました。ところが救いは異邦人にも及ぶということが明確になったからです。
ペテロ自身も驚きだったでしょう。神はペテロに幻を見せ、上記のことばを語り、ペテロに異邦人も救われるということを示すのです。そして、コルネリウスが救われたと分かったのは「ペテロがなおもこれらのことを話し続けていると、みことばを聞いていたすべての人々に、聖霊が下った。」(44)からです。聖霊が下ったということは、その人が救われたということを現わします。
この後、パウロによって異邦人伝道が進む中で、まだ救いはユダヤ人だけだと理解している人々との間に論争が起こります。そして、異邦人も救われるのか?というテーマでエルサレム会議が開催され、そこで異邦人も救われるということが確認されたのです(使徒の働き15章)。ユダヤ人にとっては、何千年の歴史の中で信じ続けてきたこと、理解してきたことと違うことが起こったのですから、混乱するのは当然でしょう。しかし、旧約聖書をよく読めば、異邦人の救いは記されているのです。
私たちが当たり前だと信じていることが、実は聖書ではなく伝統であったり、文化であったりすることがあります。「本当に聖書は、そう言っているのか?」この問いを常に持ちながら、神の御心を求めていきたいと思います。
天の父なる神さま
「本当に神は、そう言われているのか?」この事をいつも問いながら、あなたの御心を求めていきます。どうぞ、真の御心を私たちに教えてください。そしてその御心に従っていけるように導いてください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン
文:関真士