top of page
  • hccnichigo

2022年10月4日 ディボーション

使徒の働き13章


『パウロとバルナバ』


 日本の友人の中で、パウロは大嫌いという者が二人おります。一人は聖書をもっと深く学ぼうと独学でギリシャ語からヘブル語までマスターしました。彼の語学の知識には脱帽せざるを得ません。キリストの教えをパウロ風に解釈したと言うのです。もう一人の人も今のキリスト教はパウロ教だと決めつけていて、本来の主イエスの教えと異なっていると主張してパウロ嫌いなのです。少し前の関先生のメッセージの中に、理想(聖書知識)を追い求め愛する者は教会を崩し、人を愛する者は教会を建てる。聴いて確かにそうだなと思いました。この日本の友人二人は教会に行っていません、自分の聖書知識の中に浸ってしまっているのです。頭で理解しようと努力してみことばが心に降りていないのです。聖書は創造主である壮大な神のことばなので、はっきり言うとひとりの人間の頭脳におさまるはずはありません。PCもメモリーに限りがありますが、我々は創造主と比べて自分自身の脳のメモリーの限界を知る必要があります。


 ところでパウロは新約聖書27巻のうちその半分近くを書いた生粋のヘブル人です(実名サウロは神を尋ね求める者)からパウロ(小さい)になりました。彼は旧約聖書、律法に精通しており知識においては第一級の律法学者です。このパウロを主は選んで神の奥義を伝える役目に召されたのです。彼はダマスコで主イエスの声と光に打たれてからすぐに伝道を始めたのではなく、パウロは3年間アラビアに行っていました。そこで悩み、神に従うべき正しい道は何かを今まで学んだ知識の中を吟味して、主イエスが旧約で約束されていた救い主メシアである事を聖書で確証する時間が必要でした。福音の伝導する土台を築き上げる時間が必要だったのでしょう。この13章では、このサウロを彼の故郷のタルソで探してアンティオケ教会に連れてきたバルナバと二人が選ばれて第一次伝導旅行に出発する事情が記されています。どうやらバルナバはキプロス島出身のようで、まずは故郷のキプロス島に船出して行きます。パウロたちの伝導方法はパターンが決まっていてまずは訪問先にあるユダヤ人のシナゴグ・会堂に行ってユダヤ人に主イエスがメシアであることを伝えました。この十字架のイエスを通じて救われること、復活のイエスが救い主であると旧約聖書の内容や預言書などから福音を伝えるのですがやがて地元のユダヤ人指導者たちに妬まれの迫害を受けるとその地の異邦人に伝導するというパターンで、まずユダヤ人それから異邦人と伝導旅行を続けるのです。聖霊に満たされていたパウロは福音のために不思議な業をします、それは全て主イエスを信じる者が罪を赦され救われることを伝えるためでした。

 なぜユダヤ人が最初なのか、41節のハバクク書からの預言の引用がこの状況を良く表しています。「『見よ、嘲る者たち。驚け。そして消え去れ。わたしが一つのことを あなたがたの時代に行うからだ。それは、だれかが告げても、あなたがたには信じがたいことである。』」

 パウロが異邦人伝導者として召されたのは、神の奥義がなされるためです。ユダヤ人が主イエスを信じずにいるので、その結果に世界中の異邦人にこの福音が伝えられ、救いがもたらされます。しかしやがてユダヤ人の中でも残された者を中心として主イエスを信じ、求めるようになる時に主イエスが再臨され、この世を治めることになるためです。

 47節「主が私たちに、こう命じておられるからです。『わたしはあなたを異邦人の光とし、地の果てまで救いをもたらす者とする。』」聖霊に満たされたパウロとバルナバは次々に福音によって主イエスを信じる者たちを喜びで満たす伝導を続けますが、聖霊によって送り出された二人の旅は悪霊との闘いから始まることも覚えておきましょう。神の霊と悪の霊の闘い、地上においては同胞のユダヤ人からも迫害に遭う旅立ちでした。

 人となって地上に送られて来られた主イエスも伝道を始める前にヨルダン川で洗礼を受けたその直後に悪魔の試みを40日間荒野で受けました。これはユダヤ民族が奴隷であったエジプトから救い出され、モーセが海を分けて進んだ時にまるで民族全てが一斉に洗礼を授かれ、その後40年間荒野をさまよい試練を受けた話にも繋がっていて、主イエスはユダヤ民族ができなかった事を踏み直して悪魔の試みを退けたのでした。聖霊に満たされた伝導は、地上の戦いと常に悪霊との霊的闘いがある事を理解しましょう。自分の力で戦おうとしないで聖霊の力に頼り、導かれると悪霊を退ける事ができるのです。地上での戦いは力失せるかもしれませんが主イエスは大変なことを私達に言いました。マタイ10章28節「からだを殺しても、たましいを殺せない者たちを恐れてはいけません。むしろ、たましいもからだもゲヘナで滅ぼすことができる方を恐れなさい。」

祈り

初代教会のアンティオケ教会は聖霊に満たされた二人を自分の教会に留める事なく、宣教活動のために送り出した教会でした。ホノルル教会も多くの人への伝道のためにたくさんの派遣式を行っている事は嬉しい事です。どうか皆が心を合わせて聖霊の力で闘う事ができますように。 アーメン


閲覧数:40回0件のコメント

最新記事

すべて表示

2022年12月31日 ディボーション

ダニエル書 9章 『御心ならば』 ダニエルはエレミヤの預言により、捕囚が70年間であることを知り、あと3年でその期間が終わることを悟った。と同時に、同胞が犯してきた罪に思いを巡らせた。イスラエルの民が幾度となく神さまを裏切ったこと、偶像崇拝で聖都を汚したこと、エルサレム神殿...

2022年12月29日 ディボーション

ダニエル書7章 『ダニエルの見た夢』 ダニエルの見た夢は、4頭の大きな獣であった。2章でネブカドネツァル王が見た像の夢と似通った幻である。第1の獣は獅子のようなもの、第2の獣は熊に似たもの、第3の獣は豹ににたもの、そして第4の獣は大きな鉄の牙を持った恐ろしく不気味なものであ...

2022年12月26日 ディボーション

ダニエル書4章 『聖霊によって変えていただく』 アイゾン直子 ネブカドネツァル王は、数々の奇跡を目の当たりにした結果、イスラエルの神を褒めたたえるようになりました。しかし、唯一の神として認めることはできませんでした。彼は自分が神に等しい者と思っていたのかもしれません。そんな...

コメント


bottom of page